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ブランドではなく、暮らしを育てる|前先生から受け継いだ美意識のバトン

美は、作ろうとして生まれるものではない

 
前先生から譲っていただいた古伊万里

今日は、
久しぶりに前先生がエクリュへお越しくださいました。

そして、
古伊万里の器を譲っていただきました。

最近、
僕がブログで古伊万里や九谷焼について書いていることを、
いつも読んでくださっていたそうです。

「使っていないから。」

そう言って持って来てくださった器。

でも僕には、

器をいただいたというより、美意識のバトンを受け取った。

そんな気持ちになりました。


前先生が古伊万里を愛する理由

 
僕らは、
六古窯の街に住んでいます。

だからと言って前先生は、
現代の作家さんの器を求められることはありません。

先生が愛されるのは、
古伊万里をはじめとした骨董の器です。

その理由を、
今日教えてくださいました。

それは、
柳宗悦が語った
「用の美」
にも通じるお話でした。

作家が、

「もっと上手く描こう。」

「誰も見たことのない表現をしよう。」

そんな思いで作られた器ではない。

一日に何十枚、
何十個と作らなければ暮らしていけない。

ただ黙々と。

ただ手を動かす。

ただ筆を走らせる。

そこには、

自己表現も、

承認欲求も、

作意もありません。

あるのは、

無心に繰り返される仕事だけ。

だからこそ、

人の欲を超えた美しさが宿る。

先生は、
そう話してくださいました。


ブランドとは逆の世界

 
話は、
ブランドへと移りました。

たとえば、
エルメス。

縫製技術は素晴らしいのでしょう。

でも、

僕らは、
縫製技術そのものにお金を払っているのでしょうか。

今日僕が着ている服と、
エルメスの服を縫った人は、
もしかすると同じ工場で働く職人さんかもしれません。

もちろん、
品質管理や仕上がりには違いがあるでしょう。

でも、

人が本当に大きなお金を払っているのは、

技術だけではありません。

歴史。

物語。

積み重ねられてきた時間。

そして、

そのブランドがまとっている雰囲気。

前先生と話していて、

結局、

一番高価なのは、

「雰囲気」

なのだと思いました。


だからエクリュはブランドになれない

 
その話をしながら、

前先生と笑ってしまいました。

「エクリュはブランドにはなれませんね。」

と。

エクリュは、

原価を公開します。

ニーズを考えます。

費用対効果を大切にします。

理想の暮らしが継続されることを考えます。

ブランドとは、

雰囲気に価値を与える世界。

一方、

エクリュが育てたいのは、

ブランドではなく、暮らしです。

だから、
ブランドにはなれない。

いや、

ブランドになる必要がないのだと思っています。


住まいも同じなのだと思います

 
今日、

前先生のお話を聞きながら、

住まいも同じなのだと思いました。

誰よりも目立とう。

誰も見たことのない家を建てよう。

そんな作意が強くなるほど、

日常から遠ざかってしまう。

住まいは、

自己表現のためだけにあるのではなく、

毎日の暮らしを受け止める器。

だから、

何十年経っても飽きず、

何十年経っても人を招きたくなり、

何十年経っても、

「この家で良かった。」

そう思えることの方が、

ずっと大切なのだと思います。


前先生、ありがとうございました

 
前先生からいただいた古伊万里

今日いただいたのは、

古伊万里ではありません。

先生が長い時間をかけて育まれてきた、

「美を見る眼差し」

だったように思います。

この器も、

大切に飾るのではなく、

毎日の食卓で使わせていただきます。

料理を盛り、

家族で囲み、

友人を招き、

また新しい物語を重ねていく。

前先生が、
そうされてこられたように。

バトンをつなぐ。

それが、

この器への、

そして前先生への、

一番のお礼になるような気がしています。

暮らしは、

こうして受け継がれていくのですね。

本日は、
本当にありがとうございました。

美のバトン