「良い家」にしたい!そもそも「良い家」ってどんな家?
良い家を建てたい。
でも、何が「良い家」なのか分からない。
「良い家を建てたい。
でも、何が『良い家』なのか分からない。」
そんなお声を耳にすることがあります。
それは、とても一般的なことだと、僕も感じます。
むしろ、
自分にとっての「良い家」を、
明確に言葉にできるからといって、
それが本当に、その人にとって「良い家」になるのか。
経験上、
僕はそれすら簡単には断定できないと思っています。
「外のように明るい家がいい」
「広いリビングがいい」
「大自然の中で暮らしたい」
「家事が楽な家がいい」
「おしゃれな家にしたい」
もちろん、
そうした希望は大切です。
でも、それらは本当に、
その人にとっての「良い」のかは、
色々、検証が必要だと思います。
それは、
「憧れの先輩」
と言う話を聞いていただけるとお分かりになります。
憧れの先輩

憧れの先輩は、
大型の本屋を何店舗も展開する会社の御曹司。
生徒会にも参加して目立つ存在。
Instagramを見ると、
お洒落なカフェに行ったり、
服屋さんでかっこいいシャツを買ったり
いつも何となく、
センスの良さが漂っている。
そして、
「成績も優秀らしい」
という噂も。
そして、ある日……
そんなある日
憧れの先輩から告白される。
天にも昇る思いで、
もちろん、
二つ返事。
しかし付き合ってみると実際のところ……
優柔不断。
ナヨナヨしている。
かなり嫉妬深い。
実は成績はそれ程良くない。
そして、
おまけに…足が臭い。。。
「良い」と思っていたものと、実際の「良い」は違う
憧れの先輩のストーリーは、
住まいにも少し似ているように感じるのです。
SNSで見つけた、
素敵な家。
雑誌に載っていた、
格好いいリビング。
大きな窓。
広いLDK。
無垢の床。
薪ストーブ。
中庭。
ホテルのような洗面所+お風呂。
「こんな家に住みたい」
そう思うことは、
決して悪いことではありません。
むしろ、
家づくりを始める上で、
とても大切なきっかけだと思います。
ただ、
先輩ストーリーと同じようにならないように
していただきたいことがあります。
それは一度、
立ち止まってみる。
そして考えみるということです。
「これは、本当に自分にとって良いのだろうか?」
憧れて進むことと同じくらい
立ち止まることも
大切なのではないでしょうか。
「素敵」と「自分に合う」は、同じではない

例えば、
ホテルのような洗面所+浴室が、
とても素敵に見えたとします。
ガラスで仕切られて一体的に見える洗面所+お風呂。
「こんなお風呂があったらいいな」
と思う。
でも、
実際に自分たちの現在の暮らしを振り返ってみると、
お風呂と洗面所の使用が重なる時がある。
掃除は湯船のみで、壁まで掃除はしない。
浴室内のカガミはシリカ汚れで姿が写せない。
そうだとしたら、
「ガラス張り浴室」は、
本当に自分たちにとって機能する良い空間でしょうか。
ガラスにシリカがこびり付き、
イメージしたようなホテルの洗面所+お風呂からは
ほど遠いことになる可能性を感じませんか?
逆に、
最初はそれほど魅力を感じなかった小さな何かが、
実際の暮らしの中では、
とても大切だったりする。
そういうこともあります。
今の暮らしでは、洗面器を使うことがほとんどなく
またカガミを見ることもない。
カウンターもカガミもないスッキリとした浴室は
掃除が楽で、そのためいつも清潔。
一周まわって、これぞホテルライク?
こんな風にです。
つまり、
「良いもの」と「自分にとって良いもの」は、
必ずしも同じではありません。
だから、「自分を知る」ことが難しい
ここで、
少し難しい問題が出てきます。
自分にとっての良いものを選べばいいのですが
でも、
自分にとっての「良い」が何なのかを知ること自体が、意外と難しい。
という点です。
僕は、
これそこが住まいづくりの難しさの一つだと思っています。
「こんな暮らしがしたい」
という希望は、
比較的言葉にしやすい。
でも、
「なぜ、それがしたいのか?」
「本当に、それが自分に必要なのか?」
「それが手に入ったら、
自分は本当に心地よく暮らせるのか?」
そこまで考えると、
急に難しくなります。
未来の自分は、まだ自分ではない
住まいづくりでは、
どうしても未来を考えます。
「将来、子どもが増えたら」
「老後はこうしたい」
「いつか庭で暮らしたい」
「いつか薪ストーブを使いたい」
「いつか人をたくさん招きたい」
もちろん、
未来を考えることは大切で素敵なことです。
でも、
未来の自分は、
まだ実際には存在していません。
そこには、
どうしても想像が入ります。
そして想像は、
期待や希望によって、
少しずつ着色されて行きます。
つまり、
現実から遠ざかる傾向にあります。
だからエクリュでは、
「これからどうなりたいか」だけを、
「自分」とは考えないようにしています。
エクリュが考える「自分」は、今日までの自分
では、
エクリュで言う「自分」とは、
何を指し示すのか?
僕たちは、
「今日までの自分」
を自分と捉え
それを主軸に考えることにしています。
今日まで、
どんな暮らしをしてきたのか。
どんな場所が心地よかったのか。
どんなことで困ってきたのか。
何に時間を使ってきたのか。
誰と、どんな時間を過ごしてきたのか。
どんなものを大切にしてきたのか。
逆に、
何を選ばなかったのか。
そうした、
実際に積み重ねてきた歩みを見ていく。
そこには、
想像や憧れだけではない、
「実際の自分」
があります。
「今日までの自分」なら、事実から考えられる
例えば、
「明るい家が好き」
と思ったとします。
それも、
もちろん大切な情報です。
でも、
今まで、どんな場所で過ごしていると心地よかったか?
と考えてみる。
朝の光が入る場所が好きだった?
少し暗い部屋から明るい外を眺めるのが好きだった?
テレビを見るより、
窓の外を眺めることが多かった。
家族と同じ部屋にいながら、
それぞれ別のことをしている時間が好きだった。
そうした具体的な経験を重ねていくと、
「明るい家が好き」
という言葉の奥にある、
もっと自分に近い「良い」が、
少しずつ見えてくることがあります。
それは、
「明るい」という性能や特徴を選ぶこととは、
少し違います。
自分が、
どういう環境の中で、
どんな時間を過ごしてきたのか。
そこから、
自分にとっての「良い」を探していく。
Wantsの奥にあるNeeds
エクリュでは、
住まいづくりの中で、
WantsからNeedsを見つけていく
ことを大切にしています。
Wantsは、
「欲しい」
「憧れる」
「素敵」
という気持ちです。
それは、
家づくりを始める大切な入口になります。
でも、
そこで終わらない。
「なぜ欲しいのだろう?」
「それによって、
どんな時間を過ごしたいのだろう?」
「これまでの自分の暮らしの中にも、
同じようなものはあっただろうか?」
そうやって、
Wantsの奥にあるNeedsを探していく。
すると、
「欲しかったもの」と、
「本当に必要だったもの」
が違っていたことに、
気づくことがあります。
それでも、「今日までの自分」が絶対ではない
ただし、
ここにも一つ、
注意が必要だと思っています。
「今日までの自分」を見れば、
すべてが分かるわけではありません。
人は変わります。
暮らす場所も変わる。
家族も変わる。
仕事も変わる。
年齢も変わる。
これまで経験したことのないことを、
これから経験することもあります。
だから、
「今までこうだったから、
これからも絶対にこうだ」
と決めつけることも、
違うのだと思います。
大切なのは、
過去を未来に固定することではなく、
過去の事実を手掛かりに、未来を考えること。
想像だけで未来をつくるのではなく、
今日までの自分を知った上で、
これからの自分を考えていく。
その方が、
少なくとも「良い」のブレを、
小さくできるのではないか。
そもそも、
現在地無くして、
目的地への到達はあり得ないですからね。
僕はそう考えています。
「良い家」を教えるのではなく、「良い」を見つける
だから、
エクリュがしたいのは、
「良い家とは、こういう家です」
と答えをお伝えすることではありません。
「この間取りが正解です」
「この性能が必要です」
「このデザインが良いです」
と、
誰かの正解を押し付けることでもありません。
むしろ、
その人自身が、
自分にとっての「良い」を見つけやすい環境をつくること。
そのために、
これまでの暮らしを振り返る。
色んな話をたくさんする。
多くの写真を見る。
イメージを共有する。
必要な情報を集める。
時には、
自分が「欲しい」と思っていたものを、
もう一度疑ってみる。
そして、
少し離れたところから、
全体を眺めてみる。
そうすることで、
少しずつ、
「自分たちにとっての良い」
が見えてくるのではないかと思っています。
「良い家」は、誰かが決めるものではない
僕自身、
住まいづくりに長く携わってきましたが、
「良い家とは、これです」
と断言することには、
今でも慎重です。
言葉にすることはありません。
なぜなら、十人十色。
良い家は、人によって違うからです。
そして、
同じ人であっても、
人生の時間によって変わるかもしれません。
だからこそ、
「良い家を建てたい」
という気持ちがあるのに、
「何が良いのか分からない」
という状態は、
決して恥ずかしいことではありません。
むしろ、
「分からない」ところから始めることは、
とても自然なことなのだと思います。
分からないからこそ、自分を知る
憧れの先輩ストーリーも、
そうでした。
実際に触れる前の情報を見ていたときには、
とても素敵に見えた。
でも、
近くで時間を過ごしてみると、
今まで見えていなかったものが見えてきた。
そして、
「こんなはずじゃなかった」
と思った。
でも、
もしかすると、
「こんなはずじゃなかった」
という経験そのものが、
「自分は何を心地よいと感じるのか」を知るきっかけ
なのかもしれません。
家づくりも、
同じなのではないでしょうか。
「これが欲しい」
から始まっていい。
「こんな家が素敵」
でもいい。
ただ、その先で、
「本当に自分にとって良いのだろう?」
と、一度考えてみる。
そして、
「自分は、
今日までどんな暮らしをしてきたのだろう?」
と振り返ってみる。
その中に、
自分でもまだ気づいていない「良い」の手掛かりが、
きっとあるはずです。
ウェルビーイングが「続く」ために
住まいは、
完成した瞬間だけのものではありません。
そこから、
何年も、
何十年も、
暮らし続けていくものです。
だからこそ、
その瞬間に「素敵」と思えることだけではなく、
実際の暮らしの中で、
無理なく心地よさが続いていくこと。
それが、
エクリュが考えるウェルビーイングの一つなのだと思います。
憧れを否定する必要はありません。
希望を諦める必要もありません。
ただ、
憧れや希望をそのまま「自分」とするのではなく、
今日までの自分を知る。
そして、
その自分が、
これからどんな時間を過ごしていきたいのかを考える。
「良い家」を探すのではなく、
「自分にとっての良い」を探していく。
その先に、
その人にとっての、
良い住まいが見えてくるのではないでしょうか。
「良い家を建てたい。」
でも、
「何が良い家なのか分からない。」
もし今、
そんなふうに感じていらっしゃるのであれば、
それは、
家づくりを始める上で、
決して悪い場所ではないのだと思います。
分からないからこそ、
一緒に考えることができる。
そして、
自分を知ることから、
住まいづくりを始める。
それが、
エクリュの考える住まいづくりです。