晴れた朝、大壺から考えるエクリュの打合せ手法の極意とは?

今朝は久しぶりの晴れ。
いつものように足羽山を眺めながら朝食をいただいていると、
ルーフテラスに置かれた高校時代の友人の作品、大壺に目が留まりました。
自然釉がつくり出すコゲの表情が、
朝の光を受けて実に美しい景色を見せてくれます。
その大壺を眺めながら、
ふと考えたことがありました。
実はこの大壺。
僕自身、とても良い買い物ができたと感激した作品です。
ところが、大学時代の友人の反応は、
僕とはまったく違うものでした。
少し驚きはしましたが、
だからといって自分の選択を疑うことはありませんでした。
それはなぜなのだろう。
そんなことを考えてみました。

理由のひとつは、
僕自身の感性が比較的安定しているからだと思います。
幼い頃からイタリア車が好き。
好きな人も変わりません。
中学生の頃から安藤忠雄の建築が好きで、
高校生の頃からルイス・バラガンの建築が好き。
振り返ってみても、
好みの方向性が大きく変わった記憶がありません。
だから誰かに違う意見を言われても、
「へぇ、そういう見方もあるんだ」
と思うだけで、
自分のベクトルまで変わることは少ないのです。
もうひとつ理由があります。
それは、陶芸に関する知識です。
知識は感覚を言葉に変えてくれます。
「なんとなく良い」と感じていたものを、
「なぜ良いと感じたのか」と説明できるようにしてくれるのです。
感覚が言語化されることで、
その選択は曖昧な印象ではなく、
まるで心にクサビを打ち込んだように確かなものになります。
ただし、
ここで大切なのは順序です。
先にあるのは知識ではありません。
先にあるのは、自分の感性です。
まず「好き」があり、
その後に知識によって言語化される。
この順序だからこそ、
ご自身を内観する結果となって
選択への安定感が増すのです。
もし逆に、
知識が先に立ってしまうと、
「自分が良いと思うもの」ではなく、
「世の中で良いとされているもの」を選ぶ可能性が高くなります。
もちろん、それ自体は決して悪いことではありません。
ただ、その場合は
「自分は、多くの人が評価するものを選ぶことを大切にしている」
と、自覚していることが重要なポイントとなります。
もしそうではなく、
その認識にズレがあるまま選択してしまうと、
後になって価値観が揺らぎやすくなります。
結果として、
そのモノを好きであり続けることや、
モノとの良い関係性を継続することが難しくなる可能性があります。
エクリュのイメージ・マップも、
実は同じ考え方です。
まずは理由を考えず、
とにかく好きな画像を集めていただく。
次に、
専門家がその共通点や傾向を分析し、言語化する。
そして最後に、
その言葉を通してご自身でも
「だから私は、これが好きだったのか」
と再認識していただく。
この順序が、
長くブレない住まいづくりにつながると考えています。
エクリュの打合せ手法の極意です。
ルーフテラスの大壺が、
今日はいつにも増して美しく見えました。
その姿を眺めながら、
あらためてエクリュの打合せ手法を定期点検するような、
そんな朝になりました。
