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ブログ

住まいの掃除と心の負荷|暮らしの澱みを整え、くつろげる家をつくる

澱む我が家

 
実は最近、バタバタしていて、
お恥ずかしい話ですが、
我が家は掃除などがおざなりになっていました。

今日の我が家の朝食

毎朝の食事の時、
僕は足羽山を眺めながら朝食をいただきます。

いつもの景色です。

その景色の中に、

ノイズのように、
クモの巣が見えるようになりました。

しかも、
少しずつ増えていきます。

「掃除しなければ。」

そう思いながらも、
日々の忙しさに追われ、
そのままになっていました。

足羽山を眺めながらいただく朝食

クモの巣が目に入るのは、
その都度で言えば、
ほんの一瞬です。

しかし、

一瞬だからといって、
何も感じていないわけではありません。

「気になる。」

その小さな負荷が、
毎日少しずつ積み重なっていきます。

まさに、

塵も積もれば山となる。

ということなのだと思います。

僕にとって、
この「気になっている」という状態は、
決して小さなことではありません。

住まいの中に、
小さなノイズが残り続けている。

それを見ながら、
何もできずにいる。

そのこと自体が、
少しずつ心に負荷をかけていきます。


重い腰を上げました

 
最近は、
かなりバタバタしていました。

ヘトヘトだから、
身体も休めたい。

そして、
この茹だるような暑さです。

外に出て掃除をすること自体、
少し勇気が必要なほどの暑さでした。

気になっていることは分かっている。

でも、

「今日は休みたい。」

そんな気持ちもある。

その間で、
ずっと重い腰を上げられずにいました。

しかし今朝、

まだ気温が30度を超える前に、
早く起きて掃除に取り掛かりました。

掃除中、大きな窓のクモの巣も綺麗に洗い流します

ルーフテラスのクモの巣。

ファサードの大きな窓にあったクモの巣。

ずっと気になっていたものを、
ひとつずつ綺麗に取り除きました。

そして、
部屋の掃除もしました。

気になっていた階段の埃も、
なくなりました。

掃除中、ファサードの大きな窓も綺麗になりました。

すると、

不思議なことに、
身体が軽くなりました。

家が綺麗になったから、
気持ちが良くなった。

もちろん、
それもあります。

しかし、
それだけではないように思います。

ずっと気になっていたものが、
なくなった。

そのことによって、

心にかかっていた小さな負荷が、ひとつ取り除かれた。

そんな感覚でした。

雨上がりの後の、
雲ひとつない快晴。

そんな空を見上げた時のような、
抜けるような気持ちです。


心の負荷を感じ取る能力

 
忙しいと、
身体を休めることを優先しがちです。

それは、
ちっとも悪くない
とても大切なことです。

しかし一方で、
暮らしが少しずつ澱んでいくことが、
心身の充電に対して、
マイナスに働くこともあります。

埃。

クモの巣。

壊れたもの。

気になっているけれど、
まだ手をつけていないこと。

それらは、
一つひとつは小さなことです。

だからこそ、

「これくらいなら。」

と、そのままにしてしまいます。

そして忙しくなるほど、

「見なかったことにしよう。」

と思うようになります。

あるいは、
見えているのに、
見えないようにする。

気になっているのに、
気にならないことにする。

そうやって、
自分の感覚を鈍らせることで、
その場をやり過ごすことがあります。

しかし、

「気になる」と感じることは、決して悪いことではありません。

むしろ、
自分の暮らしの中にある負荷を、
ちゃんと感じ取れているということです。

その感覚を、
手放してはいけないのだと思います。

なぜなら、

「気になる。」

という感覚は、

「ここを整えたい。」

という気持ちの、
最初のサインでもあるからです。


感じないことと、くつろぐことは違う

 
住まいでくつろぐために、
「気にしない」という方法があります。

多少の埃は気にしない。

多少の汚れは気にしない。

クモの巣も気にしない。

もちろん、
そういう考え方も必要です。

すべてを完璧に保とうとすれば、
それ自体が負担になってしまいます。

しかし、

「気にしない」と「感じないようにする」は、少し違います。

本当は気になっている。

でも、
気にしないことにする。

その状態が長く続くと、
住まいにある負荷を、
自分の感覚から切り離してしまうことがあります。

そして、
気づかないうちに、
住まいが少しずつ澱んでいく。

それは、
本当の意味でくつろいでいる状態とは、
少し違うのではないかと思います。

くつろぐということは、
何も感じなくなることではありません。

自分の周りにあるものを、
安心して感じられること。

そして、
必要な時には、
また整え直すことができること。

そういう状態なのではないでしょうか。


掃除が報われる環境をつくる

 
掃除道具は使いやすく、出しやすく、綺麗にしやすく

では、

感じ取った負荷を、
どうすれば解消しやすくなるのでしょうか。

それは、
住む人の努力だけに委ねるべきではないと思います。

できるだけ容易に、
綺麗を保てること。

掃除をした結果が、
ちゃんと感じられること。

必要な掃除道具を、
すぐに取り出せること。

掃除しやすい形状になっていること。

手入れをするための時間が、
必要以上にかからないこと。

そして、

掃除をした時に、「やってよかった」と思えること。

そういう住まいであることが、
とても大切なのだと思います。

掃除が苦手だから、
その人が悪いのではありません。

忙しくて、
掃除ができない時期があるのも、
当然です。

だからこそ、

暮らしが澱んだ時に、再び整えやすい住まい。

そういう環境を、
あらかじめ考えておく必要があります。


住まいは、心の負荷を減らすこともできる

 
住まいは、
雨風を防ぐだけのものではありません。

家族が暮らし、
食事をし、
眠り、
身体を休める場所です。

だからこそ、

住まいが、
心の負荷を増やすこともあれば、
減らすこともあるのだと思います。

掃除しにくい。

片付けにくい。

維持しにくい。

気になっていることが、
いつまでも残ってしまう。

そうしたことが積み重なれば、
住まいは少しずつ、
暮らしの負担になっていきます。

反対に、

気になった時に、
すぐに整えられる。

掃除をすれば、
その効果を感じられる。

暮らしの中に、
「自分で整えられる」という感覚がある。

それは、
住まいが暮らしを支える力になるのだと思います。


雨上がりの、雲ひとつない空

 
晴れた空、くつろげる空間

今日、

やっと我が家は、
少し澱みが取れました。

クモの巣を祓い。

埃を取り除き。

空間を整えました。

神社の祝詞にある、

「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」

という言葉があります。

今日の僕の気持ちは、
まさにそんな感じでした。

気になっていたノイズや、
心にかかっていた小さな負荷が、
取り払われた。

すると、

身体が軽くなる。

気持ちが軽くなる。

そして、

「ホッ」とする。

まるで、

雨が上がり、

雲ひとつない空が広がり、

抜けるような青空を見上げた時のような気持ちです。

今日、
掃除をして本当に良かったと思います。

忙しいから。

暑いから。

休みたいから。

そうやって、
後回しにしていたことでした。

でも、

やってみれば、暮らしはちゃんと応えてくれました。

そして改めて思いました。

住まいは、

ただ自分たちを受け入れてくれる場所ではなく、

自分たちが手をかけることで、
また暮らしを返してくれる場所でもあるのだと。

だからこそ、

家づくりでは、

「どんな家を建てたいか。」

だけではなく、

「この家で、どんなふうに暮らし続けたいか。」

を考えておきたい。

掃除ができない日があってもいい。

暮らしが乱れる時期があってもいい。

それでも、

また整え直せること。

また、
「この家で暮らしていて良かった。」

と思えること。

そんな住まいであることが、
理想の暮らしが続いていくためには、
大切なのだと思います。

今日の我が家は、
雨上がりの空のように、
少しだけ軽くなりました。

そして僕自身も、
少しだけ軽くなりました。