人は関係性に満たされる。そして豊かさは、選択の履歴で決まる。
豊かさは選択の履歴で決まる

我が家の食事は、
いつもとても満たされます。
お腹だけではなく、
気持ちも満たされるのです。
妻の料理が美味しいことはもちろんですが、
食卓に並ぶ器や盆、箸やグラスたちも、
その時間を豊かにしてくれています。
そして最近、
その理由が少し分かった気がしています。
豊かさとは、
たくさん持つことではなく、
「どんな選択を積み重ねてきたか」
その履歴によって生まれるものなのかもしれません。
我が家の食卓

我が家の食卓には、
- 輪島塗の盆
- 若狭塗の箸
- 赤膚焼の箸置き
- 越前焼の茶碗
- 越前塗の椀
- 信楽焼や上野焼の器
などが並びます。
今日の食卓には、
新たに志野焼の器も加わりました。
どれも高価だから満たされるわけではありません。
実家から受け継いだもの。
妻と一緒に選んだもの。
旅先で出会ったもの。
作家さんから直接譲っていただいたもの。
ひとつひとつに、
時間や記憶が宿っています。
モノではなく、物語に囲まれて暮らしている

僕らが満たされる理由は、
器そのものではなく、
その背景にある物語に囲まれて暮らしているからなのだと思います。
器を見るたびに、
その時の景色や会話を思い出します。
誰と出会ったのか。
なぜ選んだのか。
どんな想いで持ち帰ったのか。
モノは単なる所有物ではなく、
選択の履歴そのものなのです。
叔母から譲り受けたLC1

我が家には、
叔母から譲り受けたLC1(スリングチェア)があります。
高校二年の秋。
僕は受験に疲れ切っていました。
幼稚園から続く受験生活。
大学へ進む意味も見失い、
高校卒業後は働こうと思うようになっていました。
そこで親に内緒で、
東京で店舗設計の事務所を経営していた叔母のもとへ向かいました。
これが、
僕の人生初の就職活動です。
人生を変えた言葉
吉祥寺駅まで迎えに来てくれた叔母は、
井の頭公園を眺める和食屋さんへ連れて行ってくれました。
そこで僕は、
受験に疲れたこと。
高校を卒業したら働きたいこと。
できれば設計事務所で雇ってほしいこと。
そんな話をしました。
叔母は静かに聞いたあと、
「わかった。雇ってあげる」
そう言ってくれました。
しかし続けて、
「でも大学は出ておいで」
「この業界、その方が早道だから」
とも言いました。
その夜、
叔母のマンションで見たのが、
LC1とLC4でした。
「これ欲しい!」「1脚ちょうだい!」
そう言う僕に叔母は笑いながら、
「一人前になったら全部あげるよ」
と言いました。

LC1を見るたびに思い出すこと
大学卒業後、
僕は住宅設計の道を選びました。
結局、
叔母の設計事務所を継ぐことはありませんでした。
それでも叔母は
エクリュを興した時に
約束通り、LC全てを譲ってくれました。
だから僕にとってLC1は、
名作家具ではありません。
高校二年の秋。
井の頭公園。
叔母の言葉。
そして、
もう少し頑張ってみようと思えた自分。
その全てを思い出させてくれる存在です。
家具ではなく、
叔母との関係性そのものなのです。
人は関係性に満たされる
ヒトとヒトの関係もそうですが、
ヒトとモノの関係も同じです。
どれほど高価なモノでも、
関係性が無ければ、
やがて飽きてしまいます。
しかし、
時間をかけて選び、
大切に使い続けたモノは違います。
触れるたびに、
思い出がよみがえります。
そして、
その関係性が、
僕らを満たしてくれるのです。
エクリュがニーズにこだわる理由
エクリュがニーズを大切にしているのは、
単に無駄を省くためではありません。
自分に近いもの(関係性が深くもの)を選んでほしいからです。
住まいは、
毎日触れ続けるものです。
だからこそ、
誰かの良いや憧れではなく、
自分自身に近いものを選ぶ。
その選択を積み重ねることで、
住まいには物語が生まれます。
そして、
その物語が、
住む人を満たしていくのです。
結び
豊かさとは、
たくさん所有することではなく、
どんな選択をしてきたかという履歴なのかもしれません。
我が家の器たちも。
叔母から譲り受けたLC1も。
単なるモノではありません。
そこには、
時間があり、
人との関係があり、
選択の履歴があります。
だから満たされる。
だから豊かだと感じる。
そして住まいもまた、
そんな関係性の積み重ねによって、
少しずつ豊かになっていくのだと思います。
