家づくりの相談をする 資料請求はこちら

ブログ

家に帰りたくない人が、約30〜55%も?

「家に帰りたくない人」が、3人に1人以上もいるらしい。

 
家に帰りたくない人たち

ニュースでその話を聞いた時、
僕には、にわかに信じられませんでした。

それはきっと、
僕自身が、いつも家に帰りたいと思っているからだと思います。

気になって調べてみると、
確かに、
「家に帰りたくないと思うことがある」
という人は、かなり多いようでした。


豆腐売りのチャルメラ

 
豆腐売りのチャルメラが聞こえると、家に帰りたくなった

幼い頃、
外で遊んでいると、
夕飯の支度をする匂いが漂ってきて、
急に寂しくなり、
家に帰りたくなったものです。

豆腐売りのチャルメラが、
遠くから聞こえて来た時もそう。

お腹も空いていたのでしょうし、
何より、
母が恋しくなったのだと思います。

でも、大人になった今は、
少し違います。

家族が恋しいとか、
誰かに会いたくて帰りたいというより、

ただ単純に、
「家に帰りたい」
と思うのです。

つまり僕は、
「家そのもの」が恋しいのだと思います。


実家より、我が家

 
それを実感する出来事があります。

確かに実家は落ち着きます。

でも、
2日も泊まると、
「そろそろ我が家に帰りたい」
という感覚になってくるのです。

つまり、
恋しいのは“人”だけではなく、
“我が家そのもの”。

それが、
今の僕らにとっての「家」なのだと思います。


「帰る」と「還る」

 
もしかすると、
「家に帰る」という感覚は、
「自分に還る(戻る)」ということに、
近いのかもしれません。

だから僕ら夫婦にとって住まいとは、
単に寝る場所でも、
荷物を置く場所でもなく、

“自分に還る場所”

なのだと思います。

リラックス・リフレッシュでき続ける帰自の家「住まいに帰る」が、「自分に帰る」であること。


なぜ、家に帰りたくなくなるのか

 
そう考えると、
3人に1人以上の人が、
「家に帰りたくない」
と感じる理由も、
少し見えてくる気がします。

もしかすると、
家に帰ってまで、

  • 理想の自分を演じる
  • 評価される暮らしを続ける
  • 義務を果たす
  • 完璧でいようとする
  • 役割を背負い続ける

 
そんな状態になっているのかもしれません。

つまり、
“自分らしくいることが許されない家”
になってしまっている。

実際に調べてみると、

男性の理由第1位(約6割)は、
「一人になりたいのになれないから」

女性の理由第1位(約6割)は、
「家事など、やることが多いから」

とのことでした。

家が、
「還る場所」ではなく、
さらに消耗する場所になってしまっているのかもしれません。


我が家がウェルビーイングな理由

 
我が家がウェルビーイングなのは、自分に還ることができるから

我が家がウェルビーイングだと感じる理由は、
「家に帰ること」が、
「自分に還ること」
になっているからだけではありません。

我が家は、
来客の多い家です。

しかも、
比較的いつでも、
人を招くことができます。

そう聞くと、
「いつも完璧に片付いている家」
を想像されるかもしれません。

でも実際は、
そんなことはありません。

もちろん、
自己嫌悪に陥るほど散らかってはいませんが、
“いつもの状態”
をご覧いただくことに、
それほど抵抗がないのです。

つまり、
完璧な自分を演じていない。

それが、
我が家の心地良さにつながっているように感じています。


「還れる家」は、開かれていく

 
おそらく、
人を招けなくなる理由は、
単純に片付いていないからではありません。

「こんな自分を見せたくない」

その感覚が、
少しずつ家を閉じた場所にしていくのだと思います。

逆に我が家は、
完璧ではありません。

多少散らかる日もあります。

「こんなんでましたけど」
くらいの感覚で、
お客様をお迎えすることもあります。

こんなんでましたけど

それでも人を招けるのは、
我が家が、
“何かを演じ続けなくてもいい場所”
だからなのかもしれません。

少しくらい崩れても、
また整え直せばいい。

少しサボっても、
また戻ればいい。

そうやって、

「自分を大きく損なわず、
戻りながら生きていける」

その感覚を支えてくれているのが、
我が家なのです。

自分を嫌いにはならない住まい


ウェルビーイング住宅とは

 
僕は、
ウェルビーイング住宅とは、
単に性能が高い家でも、
美しい家でもないと思っています。

もちろん、
それらも大切です。

でも本当に重要なのは、
「帰りたい」
と思えることなのではないでしょうか。

そして、
帰ることが、
「自分へ還ること」
になっていること。

外では、
人は多少なりとも、
他人や社会に削られます。

だからこそ家には、
ありのままの自分へ戻れる力が、
必要なのだと思うのです。

また、
ありのままの自分を受け入れられるような選択を、
日々重ねていくこと。

自己嫌悪に陥らないよう、
整え直しながら暮らしていくこと。

その生き方と、
家が整い続けることは、
実は同じ軸の上にあります。

家が整うから、
また自分を嫌いにならずに済む。

自分を嫌いにならずにいられるから、
また家を整えたくなる。

そしてまた、
家に帰りたくなる。

住まいとは、
単なる器ではなく、
“自分へ還り続けるための環境”
なのかもしれません。