マラルンガでの経験から観る、住まいづくりの重要なポイント
マラルンガ
僕はショックだった。
憧れのマラルンガに、
色んなモノが無造作に積まれていることに。

芦屋のマンションディベロッパー
僕は大学卒業後、
芦屋のマンションディベロッパーで、
マンションの設計をする仕事に就きました。
その会社は、
他のディベロッパーとは少し違う魅力を持った会社でした。
子供の頃、
北摂で育った僕にとって、
その会社のマンションに住んでいる人たちは、
豊かで洗練された暮らしをしている人たち。
そんなイメージがありました。
だからこそ、
憧れて入社したのです。
現実とのギャップ
しかし、
実際に住まいを訪ねてみると、
僕が思い描いていた暮らしとは、
大きな違いがありました。
カッシーナの家具が置かれている。
憧れのマラルンガもある。
けれど、
カタログで見ていたような空間とは
まるで違うのです。
家具などは素晴らしい。
しかし、
暮らしが機能しているようには見えない。
僕は強い違和感を覚えました。
天に向かって唾を吐く
当時の僕は、
「お金があるからといって、センスがある訳ではない」
そんな風に考えていました。
マラルンガを洗濯物置き場のように使うなんて。
なんてもったいないのだろう。
そんな気持ちでした。
しかし、
振り返ると、
本当に問題だったのは、
そこではありません。
ガッカリしていたのは、
住まいが暮らしを支え切れていないこと。
そして、
そんな状況を生み出してしまう
設計力の無さでした。
僕は設計者として、
「なぜこんな暮らしになってしまうのだろう?」
という問いを抱えることになったのです。
目を伏せたくなる現実
ある調査によると、
住まいを設けた人の55.4%が、
人を招くことができない状態で暮らしているそうです。
一方、
いつでも人を招くことができる人は、
わずか17.2%。
▶︎ kufuraの調べ
僕は、
あの日からずっと考え続けています。
どうすれば、
17.2%側の暮らしになるのだろうかと。
エクリュの住まいづくり
エクリュの設計手法や打合せの考え方は、
突き詰めると、
17.2%側の暮らしになるための取り組みです。
今日は、
マラルンガから見えてきた、
ひとつの可能性についてお話ししたいと思います。
ヒトとモノとの関係性
我が家には、
叔母から譲り受けたLC1があります。

僕は、
この椅子の上に洗濯物を置いたことがありません。
それは、
高価だからではありません。
そこには、
叔母との思い出があり、
譲り受けた時の記憶があり、
僕なりの物語があるからです。
人は、
大切なモノを粗末には扱いません。
そして、
大切なモノとの関係性が深いほど、
暮らしは整いやすいように思うのです。
本当に大切なモノ
エクリュでは、
住まいづくりの中で、
「本当に大切なモノは何ですか?」
という問いを繰り返します。
それは、
オシャレな住まいをつくるためではありません。
暮らしが続くためです。
モノが悪いのではありません。
収納が少ない訳でもありません。
家事動線だけの問題でもありません。
大切なモノとの関係性が薄れた時、
暮らしは少しずつ機能しなくなっていく。
そんな場面を、
これまでたくさん見てきました。
17.2%側の暮らし
もしかすると、
17.2%側の暮らしとは、
モノが少ない暮らしでも、
高価な家具に囲まれた暮らしでもありません。
自分にとって大切なモノを知り、
そのモノとの関係性を育み続ける暮らし。
そんな暮らしの積み重ねが、
住まいを整え、
人を招くことができる環境下での暮らしへと
つながっていくのかもしれません。
マラルンガの上に積まれたモノを見て、
ショックを受けた若い頃の僕。
でも今は、
少し違う景色が見えています。
本当に考えるべきだったのは、
家具のブランドでも、
価格でもありませんでした。
ヒトとモノとの関係性。
そこに、
暮らしが続くためのヒントがあるように思うのです。