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お盆になると考える、家族と住まいのカタチ|ウェルビーイングが続く家

お盆になると、「家」のことを考える。

 
今年のお盆は、
実家に帰郷することを半ば諦めていました。

ところが、
何とか時間ができたので、
1泊2日の弾丸ツアーで、
妻の実家と僕の父に会いに近畿へ帰郷しました。

妻の実家は大家族。

お盆になると家族が集まるのが通例です。

それに対して僕の父は、
「忙しいだろう」と、
それぞれの状況を優先しがちです。

住まいも1LDKの駅近マンション。

家族が集まることを、
積極的に想定した住まいではありません。

まさに、
核家族的な暮らしです。

でも、
妻の実家も僕の父も、
お盆になると、
先祖や家族の話になります。

家族でそんな話をしたり、
同じものを飲んだり食べたりする。

僕は、
そういう時間が好きです。

職業病でしょうか。

家族の在り方を考えるのと同時に、
僕はいつもこの時期、
「家(住まい)」の在り方を考えます。

お盆は実家に帰郷


家族の想いと、住まいのカタチ

 
妻の実家は、
古民家です。

部屋もたくさんあり、
大家族が集まることのできる、
大きな家です。

盆や正月はもちろん、
田植えの時期や秋祭りなどにも、
家族が本家に集まる。

そんな文化が、
家そのものに残っています。

一方、
僕の父の住まいは、
1LDKの駅近マンション。

ダイニングは、
3人で囲むのも少し窮屈です。

家族みんなが集まるとすれば、
どこかのレストランになるのでしょう。

今のところ、
そうした機会はありません。

こうして比べてみると、
家族の捉え方や文化と、
住まいのカタチは、
意外なほど一致しているように感じます。

ただ、
誤解があってはいけません。

どちらの家も、
家族を大切に考えていることは同じです。

その証拠に、
お盆になると、
どちらの家でも先祖や家族の話になります。

違うのは、
想いではなく、カタチなのです。


大勢で集まることは、本当に仕合せなのか?

 
どんな時も旗をあげて来た家族

個人的な想いを言わせてもらえば、
家族みんなが一堂に集まり、
話をしたり、
同じ釜の飯を食べたりする時間は、
とても有意義なものだと感じています。

疑問に思うこともある。

面倒だと感じることもある。

意見が一致しないこともある。

それでも、
心が動きます。

そして後になって、

「あの時は大変だったな」

「あんなことがあったな」

と、
なぜか良い思い出になっている。

僕は、
そういう時間にこそ、
強い「仕合せ」があるように感じています。

ただし、
それだけの人数を収容できる住まいを、
維持管理し続けることには、
当然、大きな負担が伴います。

大きな家を持つことが、
そのまま仕合せにつながるわけではありません。

住まいの在り方と、
家族の在り方。

そして、
仕合せの在り方。

その間にある、
現実的に持続可能なバランスを、
僕は考えてしまいます。


家族のカタチは、何によって決まるのだろう?

 
そこには、
経済的な要因があります。

法律や税制もあります。

仕事や暮らす場所、
社会の風潮など、
自分たちだけでは決められない環境もあります。

お墓をどうするのか。

家をどうするのか。

誰が家を継ぐのか。

田畑はどうするのか。

そもそも、
家族が集まることを前提に、
住まいを考える必要があるのか。

お盆になると、
そんなことをいつも考えます。

そして、
今も答えは出ていません。

行ったり来たりしながら、
ずっと考えています。


それでも、僕の中ではっきりしていること

 
答えは出ていません。

でも、
ひとつだけ、
僕の中ではっきりしていることがあります。

その環境の中で、
できる限りは選択したい。

家が狭くても、
会いたい人。

会うべき人。

そんな人たちとは、
可能な限り会う方向で、
できることを探したい。

無理をして、
一時的に頑張るのではありません。

無理のないところで、
続けられる方法を探す。

それが、
僕にとって大切なことです。

諦めたら終わり


ウェルビーイングが続く住まい

 
僕の考えるウェルビーイングとは、
いつも快適で、
何の問題もない状態ではありません。

家族のように、
心、動かされる人たちと、
無理のないところで交流が続いていくこと。

みんなで笑ったり。

みんなで悩んだり。

機嫌を損ねたり。

涙がこぼれたり。

共感したり。

反対したり。

そんな時間そのものが、
僕にとっての「仕合せ」なのだと思います。

だから、
住まいもまた、
その仕合せを無理なく続けられる環境であってほしい。

大きな家が必要な人もいる。

小さな家が合う人もいる。

家族のカタチも、
暮らしのカタチも、
人それぞれです。

大切なのは、
誰かの正解を選ぶことではなく、

自分たちにとって、
何を続けたいのか。

そして、
それを無理なく続けるためには、
どんな環境が必要なのか。

それを考えることなのかもしれません。

そんなことを考えながら、
僕は今年もお盆を過ごしました。

そして、
そんな時間が、
遊び心の家でこれからも続いていくなら。

僕は、
とても仕合せです。

そのために、
僕にできることを、
これからも考えていきたいと思っています。

理想の暮らしが継続される住まい(遊び心の家)