削ること(減額)は、理想の暮らしが続く住まいづくりに欠かせないプロセスです。
46.5坪から32.5坪へ。
史上最大の減額が、我が家を磨き上げた話

住まいづくりにおいて、
「削る(減額する)」という行為は、
ネガティブに捉えられがちです。
本当は欲しかったものを諦める。
理想から遠ざかる。
そんな感覚になるからです。
けれど、
我が家(遊び心の家)は違いました。
結果として、
46.5坪から32.5坪へ、
実に30%もの面積削減を行ったことが、
この住まいを磨き上げた
そう、15年目を迎えた今、
確信しているのです。
史上最悪の減額(予算とのひらき)
当時の我が家は、
やったことのない挑戦を、
次々と盛り込んでいました。
ペアガラス制作限界寸法の開口。
石の壁や手編みのレースを貼った壁。
襖絵のように滝の水墨画の描かれた壁。
墨コンやピンコロ石の床。
オリジナル車止め。
フレスコ画のような天井。
プロとして、
挑戦したいことが山ほどあったのです。
けれど当然、
予算は大きくオーバーしました。
そして始まったのが、
過去最大級の減額。
正直、
苦しかったというより、
ただただ必死でした。
現実を嘆いても仕方がない。
現実は、
できるだけ早く受け入れて、
そこから、
どう整えるかを考える。
ただ、それだけでした。
ある意味、大幅な減額も、やったことない挑戦となりました。
削ったのは、「面積」でした
大きく削ったのは、
まず面積です。
46.5坪から32.5坪へ。
その中で、
子供部屋は、
6帖から3帖へ圧縮しました。
(寝室は8帖から4帖)
けれど、
ベッドやデスク、本棚を造り付けにすることで、
きちんとオシャレに機能するようデザイン。
すると逆に、
そのコンパクトさが個性的となり、
見学された方から高く評価される空間になりました。
実際、
3帖の子供部屋を採用されるお施主様も現れたほどです。

削ったことで、見えてきたもの
削ったのは、
面積だけではありません。
・お風呂から見える坪庭
・僕の書斎
・県外からの来客を考えての和室
・余白的な贅沢スペース
・仕上げ材の質
・数々の挑戦したかったこと
・設備機器のグレード
それらも、
見直していきました。

キッチンやユニットバス、
洗面化粧台やトイレなども、
断腸の思いでグレードダウンしました。
けれど削りながら考えました。
高級な住宅設備とは、
何にお金を払っているのか?
質感なのか。
デザイン性なのか。
耐久性なのか。
収納力なのか。
特別感?満足感?
削ることで、
逆に、
その輪郭が見えてきました。
「上質」の意味が変わった
無垢材への憧れは、
今でもあります。
我が家の床は、
シート貼りの木質床材です。
無垢材に比べれば、
肌触りは確実に劣ります。
けれど、
掃除はしやすい。
経年劣化は遅い。
15年経った今でも、
見た目はほとんど変わりません。

もし無垢材だったら、
我が家の暮らしのペースでは、
美しく維持できていなかったと思います。
また、飲み物をこぼした子供に、
きちんと向き合えなかったかも。
つまり、
「上質」の定義が変わったのです。
高価であること。
本物であること。
それだけが、
上質ではない。
自分たちの暮らしに合い、
無理なく維持できること。
自分たちの大切なモノやコトが、
無理なく守られること。
それもまた、
とても重要な“質”なのだと思うのです。
削ったことで、逆に整った

14年間暮らして、
今強く感じることがあります。
それは、
家全体に、
神経が通っている感覚です。
隅々まで把握できる。
掃除機も、
コンセントを一度差せば、
ワンフロアほぼ全体に届く。
視線も、
意識も、
手も、
家の隅々まで行き渡る。
それが、
理想の暮らしを継続させる上で、
とても重要だった
と今は思っています。
“遊び心”は、削らなかった
ただし、
全部を合理化したわけではありません。
どうしても残したかったものがあります。
それは、
「好きなものを愛でる余白」です。
アートを飾る壁。
家具を置くスペース。
調度品をレイアウトできる場所。
たとえば、
ウォーク・イン・クロゼットを削って、
廊下にチェストなどを置くスペースを確保しました。

収納は多い方が良い。
それは確かです。
けれど、
好きなものに囲まれて暮らすこともまた、
暮らしを整える力になる。
そう思ったのです。
だから、自分を深く知る必要がある
そのためには、
単なる感覚ではなく、
「自分を把握すること」
内観の知が必要でした。
服をどれだけ持っているのか。
その中で本当に必要な量はどれくらいか。
そして、
服を一枚買ったら、
一枚手放す。
そんなルールまで含めて、
暮らしを設計していったのです。

14年経っても、使い続けている場所
驚くことに、
15年目を迎えた今でも、
ほとんどの場所が、
きちんと使われ続けています。
・廊下の家具スペース
・3帖の子供部屋
・ルーフテラス
・アートを置く余白
どれも、
今なお、
我が家の空気をつくり続けています。
逆に、使われなくなった場所もある
もちろん、
使われなくなった場所もあります。

ひとつは、
リビング奥のPCコーナー。
長男が県外へ出ていき、
デスクトップPCを使わなくなったことで、
役目を終えました。
もうひとつは、
洗濯物干し用のルーフテラス。
乾太くんを導入し、
花粉症もあり、
外干しをしなくなったからです。
3帖の子供部屋は主人を変え、
宿泊客への客間となり、
とても喜ばれています。
けれど逆に言えば、
15年目で、
その程度しか変化していない
とも言えます。
我が家で良かったと思う瞬間
朝。
気に入った器で、
妻が作った朝食をいただく時間。
足羽山を眺めながら、
ゆっくり過ごす時間。

休日。
お気に入りのコーヒーを淹れ、
取り寄せた貴腐ワインチョコレートを食べながら、
ルーフテラスに置かれた、
信楽焼の窯変大壺を眺める。
その瞬間、
「我が家で良かったな」
と、
しみじみ思うのです。

削ったからこそ、残ったもの
継続される住まいづくりにおいて、
減額は重要なプロセス
もし、
あのとき予算オーバーしていなければ。
もし、
46.5坪のまま建てていたら。
きっと今ほどは、
整っていなかったと思います。
なぜなら、
削ること(減額すること)で、
Wantsが削ぎ落とされ、
Needsだけが残ったからです。
欲望や憧れ、煩悩を、
可能な限り削ぎ落とした住まい。
だからこそ、
理想の暮らしが、
15年目を迎えた今でも、
継続され、
むしろ向上し続けている。
それは、
間違いなく事実だと感じています。