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住む人を、住まいに寫す。|「自然(じねん)の家」と表現しない建築

ブランド物を身につける意味とは

 
ブランド物の服やアクセサリーを身につけるのは、どうしてでしょう。

「好きだから」

もちろん、それが一番の理由でしょう。

しかし、その「好き」が素材や形、機能だけを指すのであれば、必ずしもブランド品である必要はありません。

ブランドには、もうひとつ役割があるように思います。

それは、
自分を他者に伝えること。

ブランドには、多くの人が共有しているイメージがあります。

「あのブランドが好き」

「このブランドを身につけている」

それだけで、その人の価値観や趣味、あるいは、どんなものに価値を感じているのかが、ある程度伝わることがあります。

つまり、ブランドは単なるモノではなく、
自分自身を他者へ表現するための手段。
なのかもしれません。


ありのままでいられる人

 
話は変わりますが。

エクリュで住まいを検討される方には、ありのままのご自身を、そのまま住まいに落とし込まれる方が多いように感じます。

それは、エクリュが住まいづくりにおいて、
「理想の暮らしが継続されること」
の重要性を、いつもお話ししていることとも関係しているのでしょう。

しかし、それだけではありません。

そもそも、
自分自身を受け入れておられる方が多い。
そんなふうにも感じます。

何かになろうとするのではなく、
誰かに良く見せようとするのでもなく、
自分たちが好きなものを選び、自分たちにとって心地よい暮らしを考える。

だからこそ、その住まいも自然と、
その人らしいものになっていく。


「自然(じねん)の家」のオーナー様

 
「自然(じねん)の家」のオーナー様も、まさにそんな方です。

ありのままのご自身でおられる。

何かを表現しようとしたり、
自分をプレゼンテーションしたりすることにも、あまり関心がないように感じます。

「素」でおられる。

そんな方です。

しかし、設計する僕には、ひとつ考えることがありました。

住まいは、住む人のためだけに存在するものではありません。

建築は街の中に建ち、
周囲の人の目にも触れます。

訪れる人もいます。

だからこそ、
住まいを通して、その人らしさをどう伝えるのか。
そんなことも、僕の役割のひとつではないかと考えたのです。


表現するのか。表現しないのか。

 
例えば、
住まいに少し特徴を与える。

素材を選ぶ。

ディテールを整える。

それによって、住む人の趣味や人柄、あるいは品格を、建築として表現することができます。

しかし、それは時に、
住む人以上に、建築が語り始める。
ということにもなります。

「自然(じねん)の家」のオーナー様の場合、それが本当に必要なのか。

何かを加え、
より魅力的に見せ、
よりわかりやすく表現する。

それは、本当にこのご家族らしいことなのか。

考えれば考えるほど、
僕がやるべきことは、

表現を加えることではない。

そんなふうに思う結果になりました。


僕の役割は、表現しないこと

 

建築は、
住む人を分かりやすく誇張して表現することもできます。

しかし、それは時に、
本人と建築との間に隔たりを生みかねません。

エクリュが大切にしているのは、
住む人と住まいを、できるだけイコールで結ぶこと。

「自然(じねん)の家」では、
そのことが特に重要でした。

だから、
何かを足して表現するのではなく、
何かを誇張してプレゼンテーションするのでもない。

第三者に向けて、
オーナー様を分かりやすく演出するのでもない。

ただ、
オーナー様と住まいとの間に、余計なものを挟まない。

僕の役割は、
表現しないこと。

住まいを通して、
オーナー様を何か別のものに見せるのではなく、
オーナー様が、そのまま住まいになること。

「寫実(写実)」

それが、
この住まいにとって一番正しいことだと思ったのです。


「自然(じねん)の家」

 
自然(じねん)の家のファサード

そんな「自然(じねん)の家」は、足場が撤去され、ようやくファサードが見られるようになりました。

内部からも、
窓の先に広がる景色が、遠くまで見通せるようになりました。

この住まいは、
誰かに良く見せるためにつくられた家ではありません。

住む人が、
ありのままで過ごすための場所です。

しかし、不思議なことに、

ありのままであることを丁寧に突き詰めると、その人らしさは、かえって強く現れる。

建築が何かを語るのではなく、
住む人の暮らしが、
少しずつ住まいを語っていく。

価値は生命(いのち)に従って付いている。

「自然(じねん)の家」は、
そんな住まいになっていくのだと思います。