廊下の突当りはいつもドア
エクリュのお客様は大きく2通りのご要望の伝え方をされます。
1つは、考え方や理論的な表現方法でお伝えいただく場合。
「カタチには意味を持たせて欲しい」(安穏の家・静と動の家)などのご要望はコレに当たります。
それに対して「廊下の突当りはドアで終わって欲しい」などと具体的なご要望をいただくことがあります。
多分それはお施主様の頭の中で、何らかの映像が観えているのだと思います。
「奥のある家」のお施主様はそちらのタイプでした。
何か雑誌など見られてその印象が脳裏に焼き付いておられるのか?
どこかのお店で見られたのか?
もしそうなら、実際に同じものを見れれば話も早いのでしょうけど、中々そうはいかない場合があり、その場合理解するのが難しい時もあります。
「廊下の突当りはドアがいいんです」
「奥のある家」のお施主様からのご要望でした。
当然に「どうしてか?」とお施主様にお聞きしても答えは返ってはきません。
「理由は無いけどそうして欲しい」と仰るだけでした。
でも、そこにきっと潜在的なご要望が隠されているはずだ。
そう考えひとつのことが思い浮かびました。
それはAという空間からBという空間へ移動をする感覚を明確にし、B空間への気持ちの切り替えや期待やそのようなものが生まれる感覚を求められているのではないか?と。
お施主様の当時のお住まいもいつ行ってもモデルルームのように片付くというよりデコレーションされていました。
つまり、ドラマチックな空間であったり感覚を求められているのだと「廊下の突当りはドア」を受け止めました。そして移動のプロセスに演出があり、廊下の突き当りがドアになるように検討しました。
例えば写真の廊下のダウンライトは左側に寄っています。
これは廊下の空間を均等に照らすのではなく陰影をつけることによって趣きを出したいと思ったからです。
微かな違いがドラマティックな演出につながると考えました。
また、あえて廊下は長く閉鎖的にしました。
窓などは設けず外からの情報をシャッターアウトし、自分自身の中のインスピレーションを感じ取りやすくしました。
これが「奥のある家」という名前になった由来です。
奥へ進む感じは色々な想像をかきたてます。
その先には何があるのだろう?
明るいのかな?暗いのかな?
プロセスが長ければ長いほど、その想像は膨らみ豊かなものになります。
「廊下の突当りはドアがいい」はエクリュ的には「異空間への想像のふくらみ」が必要と訳しました。