すべては“空”──住まいづくりと自己理解のはざまで
すべては“空”──マトリックスと般若心経、そして住まいづくり
「見えているものが、すべてとは限らない──」
そんなメッセージを僕が初めて“感じた”のは、
おそらく映画『マトリックス』を観たときだったと思います。
「There is no spoon.(スプーンなんて存在しない)」
この言葉は、今でも僕の中に深く残っています。
そして不思議なことに、これと似た感覚を、もっと小さな頃にも体験していました。
校歌よりも多く唱えた言葉
小学生の夏休み、住職と父が友人だったため、毎朝ラジオ体操の前に通っていた日本最古の厄除け寺である奈良の松尾寺。
そこで僕は弟と一緒に、座禅を組み、般若心経を唱える時間を過ごしていました。
学校の校歌よりも、ずっと多く口にした言葉。
「色即是空 空即是色」──すべての形あるものは“空”である。
当時は意味など分かっていなかったけれど、
その響きが身体に刻み込まれた感覚は、今も残っています。
「空」とは、無ではない
“空”というと、「無」「ゼロ」のように捉えられがちです。
でも本来、“空”とは 「関係性の中で存在すること」を意味します。
すべてのものは、固定された実体ではなく、
状況や関係、視点によって、その意味や価値を変えていく──
これを、マトリックスは映像で、
般若心経は言葉で伝えようとしていたのかもしれません。
設計とは、“空”を描くこと
僕が日々取り組んでいる「住まいの設計」も、
まさにこの“空”を扱う仕事です。
そこにある壁や天井は、実体かもしれない。
でも人が感じ取るのは、光や風、音や余白、時間の流れ。
つまり、空間は「見えるモノ」ではなく、
“見えないモノの気配”がつくるものなんです。
住まいは、自分を知るための“空間”
エクリュの住まいづくりは、
単に美しいディテールやおしゃれな空間をつくることが目的ではありません。
僕らがご提供しているのは、「環境」です。
それは、ご自身が自発的に「自分を知ろう」と動き出すことのできる、
そうした“場”としての環境です。
原価オープンの意味──「カガミ」としての見積書
たとえば、僕たちが大切にしている「原価オープンの見積書」も、
ただ価格の透明性を示すためのものではありません。
それは、お施主様の“価値観”を歪みなく映し出す「カガミ」です。
何に、どれだけ、どうしてコストをかけるのか──
そこには、その人が何を大切にしているかが、自然と表れてくる。
つまり、住まいづくりを通して“自分自身を知る”プロセスそのものなんです。
空っぽにすることで、見えてくる
“空”とは、空っぽにすることではなく、
空っぽだからこそ、そこに本質が映るということ。
人間関係も、住まいも、人生も──
つめこむのではなく、“空ける”ことで気配が立ち上がる。
エクリュがつくるのは、そうした「余白」のある住まい。
そして、「空(くう)」のある暮らしです。
住まいづくりとは、「汝自身を知れ」の旅でもある。
※あとがき
宗教や哲学を語ることに、僕自身も正直少し恐れ多さを感じています。
けれど、それらを生活に引き寄せて語るとしたら──
住まいは、人生の“空(くう)”を感じ取る、とても大切な入り口なのではないでしょうか。
あなたが手にする空間が、あなた自身を見つめるきっかけになりますように。