法はもとより言なけれども、言にあらざれば顕はれず。 真如は色を絶すれども、色をもってすなわち悟る。【言語化と見える化】
空海の言葉に学ぶ、言語化と見える化の大切さ

奈良で再会した、言葉にならない感覚
ゴールデンウィークにはお休みをいただき、実家のある奈良に帰省しました。
父がボランティアで説明員を務めていた奈良国立博物館にて、特別展「空海─密教のルーツとマンダラ世界」が開催中でしたので、足を運びました。

展示の中で、曼荼羅の美しさとともに、空海のある言葉に深く惹かれました。
空海の言葉──「言語化と見える化」への示唆
「法はもとより言なけれども、言にあらざれば顕はれず。真如は色を絶すれども、色をもってすなわち悟る。」

現代の言葉に訳すなら、「真理は、言葉や形ではないが、それに触れるには言葉や形が必要だ」といったところでしょうか。
建築もまた、カタチにしてしまうことで真意を損なうことがあります。言葉にすればするほど、本質から遠ざかる感覚を覚えることもあるのです。
建築における「表現」との距離感
だからこそ、設計の中で表現しきれない“ざらっとした感覚”がずっと残っていました。
しかし、この空海の言葉は、私にこう語りかけてきたように感じました。「感じるだけでなく、言葉や形にする努力を怠ってはいけない」と。
ただ感じるだけで終わらず、誰かと共有できる形にする──それが、言語化と見える化の本質ではないでしょうか。
今日からまた、言葉と形の追求を
ゴールデンウィークが明けた今日から、私はこの気づきを胸に、あらためて言葉と形に向き合っていきたいと思います。

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