道は外にあるのではなく、内にある──甥が見つけた答え
甥、来福!
昨晩、奈良から甥っ子が我が家を訪ねてくれました。
大学卒業を間近に控え、「これからどう生きていこうか」と進路に悩み、相談に来てくれたのです。
彼の悩みは、シンプルで、でもとても深いものでした。
「父は民間企業への就職を望んでいるように思う」
「母は公務員をすすめているように感じる」
──その板挟みの中で、自分はどうすればよいのか。
でも実は、義姉(甥の母)と僕は以前から話をしていて、「それは誤解だよ」と伝えました。
義姉は、自分自身の考えや価値観を持ち、そこから選択をしてほしいと願っているのです。
義兄の意見に従うことが悪いのではない。ただ、「自分で選ぶこと」が大事だと。
僕が大切にしているのは、「内観の知」へと導く対話。入り口までの案内。
つまり、答えを与えるのではなく、自分の中にある答えに気づき、言語化し、自覚していくプロセス。
だから僕は、こんな順序で対話を進めました。
- 選択をする上で、何を大事にしているか
- 家族など、コミュニティの中で、どんな役割を自然に担っているか
- その役割をいかせる「働き方」はどんなものか
- では、どんな「職業」がその働き方に適しているのか
甥のシアワセ軸
この対話の中で感じたのは、甥が「家族の幸せがあってこその自分の幸せ」という価値観を、自然に大切にしているということ。
その姿勢は、彼の語る言葉の中に滲み出ていました。
僕は、人が無意識に選ぶ言葉の中に、深い「意味」が宿っていると思っています(あえて“言霊”とは呼びませんが…)。
だからこそ、彼が使う言葉から受け取った感覚が正しいかどうか、僕は時折「確認の質問」を投げかけながら、対話を重ねていきました。
やがて甥は、自分自身の軸を言葉にして語りはじめました。
自分の大切にしたいもの。自分の得意な役割。そして、その役割をいかせる働き方とは何か。
最後には、その言語化された内容を「義姉(母)にどう伝えるか」というフェーズに。
僕は、親世代が持ちやすい価値観や思考の順序を例に出しながら、「お母さんに伝えるための通訳」を手伝いました。
選ぶ、ということ。
それは、正解を探すことではなく、
自分で決めるということ。
就職先を決めることも、住まいをつくることも、きっと同じです。
「誰かが望むかたち」に合わせるのではなく、
「自分が選んだこと」に、自分で責任を持つという姿勢。
エクリュが大切にしている「内観の知」。
それは、人が暮らす空間をデザインするときだけでなく、人生の分岐点にもきっと役立つものなのだと、あらためて実感した時間でした。
