選択は、はじまり? or 幻想?。それを決めるのもあなたの選択
トステムのパーパス

以前、トステム(現:LIXIL)さんのコンペ(TH大賞)で、地域最優秀賞(全国20位以内)をいただいた際、授賞式に向かう新幹線の車内で、当時の担当の方に教えていただいたトステムのパーパス。それは以下です。
「良い住まいに住むことは万人の願い、この願いを実現するため私たちは働く」これが私たちの使命であり、社会的責任です。
このことを教えてくれた当時の担当の方は、今ではリクシルさんで偉くなられています。
「良い住まい」とは、誰にとって?
「良い住まい」の「良い」とは、誰にとってもの「良い」?
と、答えが分かりきった質問をするのには理由があるからです。
「良い住まい」の「良い」は、住む方にとって「良い」であることは、言うまでもありません。
しかし、実際に建っているお住まいは、そうなり得ているでしょうか?
設計士の「良い」を受け入れるカタチになっていませんか?
ビルダーの「良い」を、最初から最後までススメられたりしませんでしたか?
「選択」は幻想?

話は大きく変わるのですが、マトリックスって映画はご存知でしょうか?
僕は、「良い住まい」の「良い」を考える時、いつも思い出すマトリックスのセリフがあります。
モーフィアスは「すべては選択によってはじまる」と言う。
それに対してメロビンジアンは、次のように反論します。
「いや、そうではない。選択というのは、力あるものと力なきものの間に存在する単なる幻想なのだ」

力がある者に、選んだかのようなカタチにみせられて誘導される。
「良い住まい」の「良い」は、誰にとってか?
力を持つ者の、力の使い方
昨日は「誘導しないニーズを引き出す選択の環境」について、ブログを書きました。
その環境こそが、住む方がウェルビーイングにつながる住まいの実現に不可欠であること。
エクリュは、持てる力を上記の環境構築のために使います。
汝自身を知れ(内観の知)
但し、エクリュだけが覚悟して環境の構築をしても、「良い住まい」の「良い」が、住む人のものにはなり得ない。
エクリュの環境が機能するのは、住む人ご自身がご自身たちの「良い」を、より多く、より深く知る必要があるからです。

「汝自身を知れ」
これもまた、映画マトリックスに出てくる重要なセリフです。
半数が叶わぬ万人の願い
良い住まいに住むことは万人の願い。
それが、中々叶わない。
家を建てた実に46.5%の方々が、人を招くことができない環境下で暮らし続けている現実。
それは、力がある者が生み出す幻想的選択と、自分を知らずに選び続けた集合体としてできた住まいの当然の結果です。
エクリュはトステムさん同様のパーパス、良い住まいに住むことは万人の願い、この願いを実現するため覚悟を決めて住まいづくりに臨むことを誓いました。
それが多くのビルダーさんと、仕組みやツール、打合せの手法が全く異なる理由です。
エクリュの話を、一度聴きに来られませんか?
きっと他では耳にすることのない話が聞けると思います。
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