建築家とも建築デザイナーとも言い切れない──エクリュ流『能動的共創』の住まいづくり
建築家に住まいを依頼する意味と矛盾
建築家に家を頼む人の多くは、「その建築家の思想や世界観を手に入れたい」と考えます。
たとえば、安藤忠雄氏ならコンクリート打ち放しの家。
隈研吾氏なら木材を活かした柔らかい空間…そんなイメージです。
しかし、そこには大きな落とし穴があります。
思想や美意識、コンセプトが先に立つことで、暮らしや動線、快適さが置き去りになることもあります。
たとえば、ファッションデザイナーのコシノジュンコさんがテレビで語っていました。
「安藤忠雄設計の小篠邸が使いにくい」と。
これは、「建築家の思想に暮らしを合わせる」ことの難しさを象徴しています。
思想や美学を中心に設計された家では、住まい手の主体性が失われることがあります。
つまり、建築家の世界に“暮らし”が従わされてしまうのです。
エクリュの家づくりは“他力本願”ではない
私たちエクリュは、そうした「思想に依存する住まいづくり」から距離を取っています。
家づくりは、お施主様が「自分ごと」として関わるべきだと考えています。
ご自身の暮らしの“ニーズ”を見つけ、育て、整理していくプロセスです。
私たちと一緒に考え、対話し、調整しながら共につくっていく。
そんな「能動的共創」の家づくりを大切にしています。
これは決して簡単ではありません。
でも、その先には、誰かに任せたのでは得られない“暮らしの深まり”があります。
「能動的共創」が生むウェルビーイングな住まい
能動的共創とは、設計者・施工者・お施主様がフラットに関わることです。
一方的に委ねるのではなく、互いの考えを尊重しながら進めていきます。
そこでは「ニーズ」が主役です。
本当に必要なものを選び、長く使えるものを見極め、無駄や過剰を削ぎ落とします。
その結果、生まれる住まいは──。
「使い勝手が良く、美しく、心地よい」。
そんな空間です。
住む人が自分の暮らしを大切に思える場所になります。
なぜこのスタイルは難しく、伝わりにくいのか?
それでも、このスタイルがなかなか広がらない理由も分かっています。
人は、「美しい見た目」や「有名な名前」に安心を感じます。
そして、「完成されたものを受け取る」ことに満足感を覚えます。
一方、自分で考え、選び、決めるという行為はエネルギーを使います。
現代の忙しい暮らしの中では、時間も覚悟も求められます。
だからこそ、エクリュの言葉は「難しい」と受け取られがちです。
たとえ真理に近づいていても、それが大きなうねりになるには時間がかかるのかもしれません。
だからこそ、エクリュの価値は揺るがない
それでも、私たちはこの「能動的共創」の道を選びます。
単に家を建てるだけではなく、
住まう人の人生が、より豊かに、より自分らしくなるように。
それが、エクリュの家づくりの原点です。
そして、「ここでしか実現できない」と信じています。
まとめ:自分ごととして暮らす豊かさ
建築家に思想を預け、受け取る暮らしではなく──。
あなた自身が関わり、あなた自身の手でつくる家。
それが、エクリュの目指す「建築デザイナー」としての姿です。
住まいは、人生の舞台。
その舞台を、豊かに、美しく。
そして、あなたらしく。
さあ、ウェルビーイングな暮らしを、あなたの手で紡いでみませんか?
