現実とは何だ?「現実」をどう定義する?
色即是空 空即是色
※この文章は、住まいづくりのノウハウや結論を提示するものではありません。
ある出来事をきっかけに、僕自身の思考や感覚の源流をたどった、個人的な思想メモのようなものです。

現実とは何だ?「現実」をどう定義する?
感じるとか、匂いをかぐとか、味わうとか、見るとかを現実とするなら、
現実とは君が脳で解釈した電気信号にすぎない
映画マトリックスで、モーフィアスが語るこの言葉を初めて聞いたとき、
僕はどこか懐かしさのような感覚を覚えました。
無色無受想行識
無眼耳鼻舌身意
無色声香味触法
無眼界乃至無意識界
それは、「空(くう)」を説明する般若心経の一節と、
感覚的に重なっていたからだと思います。
「無色声香味触法」を英訳すると、
“What is real? How do you define ‘real’? If you’re talking about what you can feel, what you can smell, what you can taste and see, then ‘real’ is simply electrical signals interpreted by your brain.”
もちろん、厳密な一致を主張したいわけではありません。
ただ、異なる時代や文化の中で、
人は似た問いに何度も向き合ってきたのではないか。
そんなことを考えていました。
日本最古の厄除け霊場、松尾寺

僕は小学生のころ、
父が日本最古の厄除け寺である松尾寺の住職さんと知り合いだった縁で、
夏休みの間、毎日のように山の上にある寺へ通っていました。
朝、座禅をし、般若心経を唱え、喝を入れていただき、
山を下りてラジオ体操をし、家に帰る。
今振り返ると、少し不思議な日常だったようにも思います。
おかげで、般若心経は今でも、
まるで校歌やラジオ体操の歌のように口をついて出てきます。
なぜ、こんなことを考え出したのか

こうしたことを改めて考えるようになったきっかけは、
先日まで開催していた絵画展でした。
僕は住まいづくりにおいて、常に「内観の知」を大切にしています。
それはつまり、「汝自身を知れ」という姿勢に近いものだと思っています。
しかし、絵画展では、
権威による評価や、来場された方々の多様な声に触れる機会がありました。
自分の内側に軸を置くことと、
他者の評価を参照すること。
その間にある安全性と危うさについて、考え込む時間が増えていきました。
正当性とは何か。
芸術や宗教、真理とは何か。
プラトンの思想は、(生意気言いますが)どうにも僕の感覚には馴染まず、
その理由が「絶対(イデア)」という考え方にあるのだと、後から気づきました。
そして、(個人的見解で)真逆とも言える般若心経の「空」の世界観に触れ直すことで、
自分の中に、少し落ち着きを取り戻す感覚があったのだと思います。