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「星に願いを」──線路を降りて、自分の足で!

ハッとして! Good

今日、Facebookへのコメントに、僕はハッとした。
僕が当然だと思っていたことが、そうでは無いことに気付いたからだ。

僕は、“理想の暮らしがずっと続く住まい”または“今より更に上質になって行く住まい”は、万人の願いと疑わなかった。

今日のFacebookにいただいたコメントはこうあった。

「暮らしを楽しみたい」
「自分らしい暮らしを生きたい」
このような願いは誰もが持っているものと思いがちですが、
しかし実際にはこのような願いを持って日々生きている人は少ないのかも知れませんね。
ですから
エクリュさんが訴えておられる「ウェルビューイング」という思想は中々理解されにくいのかも知れないとも思います。
でも、それは僕たちが生きていく上でとてもとても大切なことだと思います。


線路は続くよ、どこまでも

僕は、そんなコメントをいただいた時、家を建てることと大学への進学とが重なった。

つまり、目的を持った結果、大学に進学するのでは無く、
「行った方が無難」
「そのうち何か見つかる」
「周りが行くから」
のような目的を持たない理由から進学する方がマジョリティであり、

それと同じく、暮らしに理想があり、結果、家を建てるのでは無く、
「結婚したから」
「子どもができたから」
「ローンが組める年齢だから」
「そろそろ買っておかないと」
などと“人生の流れに沿った既定路線”で家を建てる人が本当に多いという事実に気づいてしまった。

そうか!人間は自由に動くことができる動物では無く、自分のモノサシを持たず、線路の上をずらずら連なる不自由な列車だったのだ!

線路は続くよ、どこまでも


エクリュの思想は「気づいた人」にしか届かない

そう考えると、本来、エクリュの考え方やエクリュの力が必要な人ほど、エクリュの声が届かず、既にご自身の足で歩み出した方にしか届かないことにも気付いた。

つまり、他人のモノサシを握らされ、すでに自分を見失った人々に対してこそ、歪みの少ないエクリュというカガミが必要だと思うのに、
その人たち(列車)には、エクリュの言葉や想いは届きようが無く・・・
逆に自分の手カガミをお持ちで、自分らしさの認識が可能な方にエクリュの声が響くのだとわかった。

ウェルビューイングのような “自分の暮らしを自分で見つめる思想” は、
そもそも 自分で少しでも視点を持とうとする人 にしか届きようがないのだと、僕は気付いてしまった。


星に願いを

エクリュの思想は(支配されないことで、実感して生きるウェルビーイングのために)万人に必要なモノだと、そのことは今でも疑わない。

しかし、準備ができた人にしか届かない。
そして準備を促すことは決してできない。

でもやはり、皆さまに、線路を降りて自分の足で歩んで欲しいと願うのでした。

宇宙を見上げ、星に願いを